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こんな久々更新はありですか

前回更新からはや1年と何ヵ月!? ブログってこんなことでいいんでしたっけ。すみません。以下、個人的な思い・言い訳と、自分の書いた記事へのリンク集ですので、奇特な方以外は読み飛ばしてください。

 
このブログ、最初は細々やってたのですが、前の記事でたくさんの読者の方に購読登録までしていただき、それじゃもうちょっとマトモなこと書かなきゃとか思ってグズグズしだした矢先、あるサイトからライターとしてのお仕事依頼をいただき、そちらで書きたいネタを書くようになり、仕事が増えて忙しくなったうえに、さらに妊娠して出産して、とやっている間に1年以上経ってしまいました。
 
今子供が3ヵ月近くなってだいぶ落ち着いてきたのと(あ、二人めです)、そもそもこのブログを始めたのは、仕事として誰かの看板で書くのではなく、「自分の顔で書く」ということをしたほうが、自由でもあり仕事とは違う緊張感もあり、一周して仕事にもプラスだろうと思ったからなので、産休明けるにあたってこちらもちゃんと再開することにしました。というか再開するタイミングも、途切れて以来ずっと逡巡してましたが、だいたい誰も気にしないだろうと思い、夜寝る前にiPhone見始めて寝られなくなった今、書くことにしました。今までみたいな何か情報のある記事で再開するべきなのかもとかまだ迷いがあるのですが。
 
このブログに書いてない間、以前ならここに書いたであろうネタは、だいたいアラフォー女性向けのサイト「カフェグローブ」で書かせていただいてました。たとえばこんなのです。
 
Young でUrbanなMale(男性)をねらって、ハイブランドがもっと面白いものを出してきてるよという話。
 
海外ビーチリゾートに行く女性にとてもオススメな「カバーアップ」なるもの。日本でももっと売ればいいのに。
 
ニューヨークの美味しいものをちょこちょこつまみ食いできるフードコート的な場所まとめ。
 
クイックメイク環境は実は日本のほうがニューヨークより充実してると思うのですが、ニューヨークにも気軽に行けるとこがあるという話。
 
米国VOGUEのクリエイティブ・ディレクター、グレース・コディントンの映画ができるかも。(その裏情報がソニーピクチャーズのハッキング事件で流出するという、ファッションとテクノロジーの残念な融合)
 
もっとあるんですが、あんまりリンクばっかり列挙してもあれなのでこのくらいにします。
 
そんなわけで、これからもカフェグローブでは書かせていただけそうですが、個人として書いたほうがいいこともあるので、それはまたこのブログに書きますね。これからもよろしくお願いいたします。 
 
 
 
 
 
 

Normcoreへの反応まとめます、ありがとうございます!

前回NYで流行ってるといわれるNormcoreについての記事を書いたところ、驚愕の大反響をいただきました。アクセス、コメントくださった方、どうもありがとうございます!

今まで友達にしか教えてないブログで更新もたまにしかしてませんでしたが、今回の記事でアクセス数が一気に100倍以上になりました(母数が少なすぎという説も)。はてなブックマークTwitterFacebookなどなどで共有してくださった方々の影響力はすごいです。

うれしかったのはアクセス数だけじゃなく、ブログの中やはてなブックマークTwitterでたくさんコメントをいただけたことです。記事を書くのも楽しかったですが、コメントを読むのはもっと面白かったです。参考になる本なども教えていただき、情報発信は最大の情報収集、、と感じました。コメントははてなTwitterのページで一覧として見られますが、このブログでも自分なりにまとめておきます。

本来でしたらそれぞれの方のツイートなどリンクさせていただくべきかもしれませんが、お礼兼ねて早めに出したいのでテキストでの抜粋になってしまうのをご容赦ください!まとめちゃってますが、今のところ全部拝読してるつもりです。

まず全体的に、「なんとなく感じつつあったことと一致した」「共感した」といったコメントをたくさんいただきました。ニューヨークと日本、離れているけど空気はつながっているんでしょうね。

私個人的にすごくピンときたのは、「SNSとかで自分らしさは表現しちゃってるから、服で主張する時代は終わった」「ブランディングにおけるファッションの役割が縮んでる」といったコメントです。

たしかに自分自身も、今ちょっとカッコつけた服装をしようとするとき、何か家の茶の間でよそ行きのドレスでも着てるような違和感を感じるようになってました。それは自分がこの数年で会社勤めからフリーランスになり、子供も生まれ…といったライフスタイルの変化のせいかと思っていたのですが、それだけじゃないんだな、と思いました。ネットの浸透でいろんなことの「嘘っぽさ」が見透かされるようになってきて、飾り立てるのが白々しく感じられてしまうのかもしれません。

これに通じる考え方がもっと前に書かれた本として、「につまるとblog」さんが菅付雅信さんの『中身化する社会』を紹介されてましたので、読んで見たいと思いました。それから佐々木俊尚さんの『簡単、なのに美味い! 家めしこそ、最高のごちそうである。』でも同じことが書かれてるそうです。

そう、Normcoreな気分はファッションだけじゃなく食にも影響してるんですね。ブライダルのお仕事されてる方からもコメントいただいて、「Normcore(に共感する人が挙げたいと思うような)結婚式」ってすごく難しいお題だけどすごくワクワクするなあと思いました。

そして「人と同じ服でもいいのは、個性があるから」「価値観とか生き方にフォーカスしてるのかも」「自分の価値観がしっかりしてない人ほど表面的な差異を求める」「自分が似合う自分らしい服を突き詰めるのは相当難しい」「ファッションを纏うことで自意識とのすり合わせをしているという感覚」といったコメントからも、やっぱり「自分」が大事だなと思った次第です。このあたりについては鷲田清一さんの本をおすすめいただいたので、読んでみたいと思ってます。

違う意味で共感したのは、「俺/私はこれだったんだ、最先端だったんだwww」ってコメントで、これもたくさんいただきました。私も今毎日着てるのは夫所有のパタゴニアのダウン+普通のレギンスで、J.Crewのダウンジャケットをファイナルセールで買って狂喜乱舞しているような、そんなことでファッション語って大丈夫かという感じなのです。

あとは逆に、思ってたのと違ってハっとしたこともいろいろあります。まず私はNormcoreはゆる楽方向かなと思ったのですが、「Normcoreは快適や安らぎではない。大衆と同じ格好をしてても生きざまが違うから目立つ」というコメントをいただきました。たしかに、身体的には楽でも、精神的にはむしろ厳しくなるのかもしれません…。

さらに「同じ服でもモデルみたいな人が着るからいい」「サイズ感が大事」「健康志向にも通じるのでは」といったコメントもありました。たしかに、おじさんっぽい半端なゆったり感の服って、体型によって見栄えが大きく違ってきます。だから精神的だけじゃなくやっぱり身体的にも楽はできないのねとか…。

それから、Normcoreという考え方に関してもっとネガティブな「『あえて逆に行く』ってのは結局他人を意識してる(かっこよくない)」「痛い」「服を選ぶ楽しみを奪われてる」「新しさを求めないなんて」などなどの反応もたくさんありました。ネガコメというよりは、率直な感想だと受け止めています。というか「Normcoreって、なんか違うんじゃない?」という感覚から生まれてくるものが、次の新しい「何か」になるのかもと期待もしています。


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昨日のニューヨーク・タイムズでもNormcoreが大特集されていて、でもトーンとしては「Normcoreってホントに流行ってるの? まー、ここまで騒がれちゃったらしょうがないか」という感じです。

でも大事なのは、というか面白いのは、Normcoreが流行ってるのかどうか、かっこいいのかどうか、ってことよりも、これを起点に何を考えて、何をするかってことじゃないかと思います。読んでくださった方の仕事とか趣味とか生活のヒントになってればうれしいです。

で、私自身は、どうしよう。

とりあえず、このブログではこれからも自分的に「拾ってきた小石」(Pebbles)みたいなものをポツポツ並べていきます。あくまで私の仕事とか生活の範囲から、私の基準で拾ってくるものなので、前の記事みたいにたくさんの方に読んでいただくほどじゃないかもしれません。でもなるべく、「必要としてる人は多いか少ないかわからないけど、読みたい人にとってはすごく大事」みたいな情報を記事にしていければと思います。これからもよろしくお願いします!

NYで流行ってるらしい「Normcore」(究極の普通)とはなんぞ

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先日翻訳仕事の中で、Normcoreって言葉を知りました。Normは標準、coreは「ハードコア」とかの「コア」で、サラっと言うと「究極の普通」という感じでしょうか。私が読んだ文章では、「きわめて普通っぽい服装」くらいの意味で使われてました。

2月終わり頃から話題になっているみたいです。この言葉を最初にメジャーデビューさせたのは、2月26日付ニューヨーク・マガジンの「The Cut」に書かれたフィオナ・ダンカンさんの記事です。

その記事によると「Normcore」とは、「アートキッズ」や「ダウンタウンの女子たち」が「中年の、中流アメリカ人観光客」みたいな服装、つまり「ショッピングモールで買ったような服」「デリのコーヒーの最後の一滴みたいにぬるい服」を着るってことです。たとえばストーンウォッシュのジーンズやフリース、ラクなスニーカー、アディダスのトラックパンツやナイキのスリッパ型サンダル、ニューバランスのスニーカー、TevaとかビルケンシュトックのサンダルPatagoniaのウィンドブレーカー、ユニクロのカーキパンツ、Crocs、土産物の野球帽、などなどなどといったアイテムが例として挙げられてます。

イメージされる人はアップル創業者のスティーブ・ジョブズとか、

 

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となりのサインフェルド』のジェリー・サインフェルドとか(この写真一番右がサインフェルドだけど、大体みんな非常に普通な…)です。

 

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Normcoreという言葉、元々はK-HOLEというトレンド予測集団が提唱したものです。彼らが言うNormcoreとは、ある種の服装というよりは姿勢のことを指しているみたいです。つまり、クールであるために従来のように「difference(違い)」や「authenticity(本物らしさ)」を追求するのではなく、あえて「sameness(同一性)」を選ぶという態度です。

彼らの考えを説明した長い資料があるんですが、そこからポイントらしきところを(強調は私)。

 

ルールが「Think Different」であれば、「普通」なヤツと思われることが一番恐ろしい。(それは君の退屈な郊外育ちのルーツに引き戻されることであり、カボチャの中に連れ戻されることであり、君は特別じゃないって晒されることだ。)よってMass Indie(訳注:K-Holeが思う今どきのおしゃれな若者)の超エリートにとっては普通を選ぶことこそ逆説的に妥当ということになる。独自性なんかどうでもいいんだと示すことによって、彼らのステータスを確実にできるからだ。一番Differentなことは、Differentになるのを完全に拒否することなのだ。


つまりあまりにもみんなが「人との違い」を求めているから、あえて「同じ」方向に行くのがかっこいいんだ、みたいな感じですね。

ただ、こうして「人と同じ」を選んだ結果、たとえば白シャツにパンツというスタイルではなくて、Tシャツに短パンみたいなゆる楽スタイルになっていったのがひとつのポイントじゃないかと私は思います。

というのは、上のニューヨークマガジンの記事を読んで、最近クリップしていた別の記事を思い出したからです。2月16日付けのニューヨークタイムズ・スタイルマガジンの「Slave No More(もう奴隷じゃない)」と題された記事、書いたのはファッションジャーナリストのCathy Horynさんです。ちょっと長いんですが訳して引用します(強調は私)。

 

私はファッションショーに行くのが好きだし、仕立て屋やデザイナーたちの努力に感服しています。でも私が見ているショーの多くに関して、私が観客として適切だとは思いません。でも、そこに適切な女性がどれだけいるんでしょうか? ハイファッションを着ようという意志(時間とお金はともかく)を、今誰が持っているんでしょうか? この10年ほどで、ハイファッションとは何か極端なもの、または小売の専門用語でいえば「スペシャル」なものと認識されているんです。思うに、もうほとんどの人はランウェイのショーの目的は欲望を作り出すためのエンターテインメントであることを知っています。彼らはハイファッション企業の主な興味が美よりも利益にあることを理解しています。製品を売って新たな市場をつかまえる、それはコカ・コーラとかアップルと同じことです。(中略)

最近私は、周囲の女性たちのある変化に気づきました。彼女たちはみんな仕事を持ちつつ、面倒な家族のルーティーンをこなしつつも、ファッションに一家言持った人たちです。でも今はみんな、スリムなパンツにプルオーバー、フラットシューズというスタイルをボーイッシュな制服のように着ているんです。またはレザージャケットの中に素っ気ないレイヤーとか。彼女たちはメークもほとんどしないので肌はフレッシュに見えます(厚いメークは老けて見えるのをみんな知っています)。パリでのショーの最終ラウンドでは、フランス人の友人たちでさえ素敵なピンヒールをやめてローヒールを履くようになっていることに気づきました。何かが起こっているはずです。だって女性というものは、気まぐれでは動かないからです。(中略)

当時(90年代)から何が変わったんでしょうか? アートにインスパイアされたファッション、たとえばマルタン・マルジェラやミウッチャ・プラダ、ラフ・シモンズについて20年間熱心に書いてきた私から見ると、私たちはこのアプローチにうんざりしまったんです。女性の役割が80年代、90年代と進化していった頃は、服に意味を付加することは簡単だったし、必要だったかもしれません。服はパワフルだったり、大胆だったり、etc。でもはっきり言って今、服の周りの言葉の多くには無理やり感があります。1月のミラノのメンズのショーでプラダが彼女の素直なテーラリングについて話したときは感動しました。「私はリアルなものにしたかったんです。そして今、そのことを気に入っています。」

多くの女性も同じ思いでしょうが、こんな考え方は目新しいものでもありません。快適さへの欲望は根源的なもので、それが今、女性たちの姿勢や市場を形成しています。たとえばVinceが上場したりといった、いわゆるライフスタイルブランドの成長ぶりからもそのことがわかります。オーディエンスのほとんどは、シンプルなものを求めるベビーブーマー(訳注:第二次世界大戦終戦後に生まれた世代、日本でいえば団塊)ではないんです。にもかかわらずハイファッションにおいては、この春のテーパード・トラックパンツとトップスのようなスタイリッシュなカジュアルを体現しているステラ・マッカートニーのような例外を除いて、この市場が無視されています。

 
この記事ではNormcoreとは言っていませんし、多分記事執筆時点ではNormcoreという言葉が知られてないと思いますが、既存のファッショナブルさに対する懐疑、快適さ重視のスタイルの肯定という点で共通しています。そんなわけで今のニューヨークのおしゃれな人の気分は、このへんにあるんだと思います。

というか今のニューヨークにかぎらずアメリカ全般に、多くの人は何だか楽ちんで似たような格好をしています。今の自分の周りでいうと、まだ寒いんで、アウトドアブランドのダウンとかダウン的なワサっとしたブルゾンに、ジーンズとかあったかいレギンス。靴は男性ならスニーカー、女性ならショート丈のムートンブーツ。夏ならTシャツかタンクトップ、短パン、ビーチサンダル。それを今、おしゃれな人たちがあえて選んでやっているのがNormcoreってことかもしれません。

というか、たとえばこんなスタイルもNormcoreな例とされてるんですが、こういうモードっぽいもの+スポーツブランドのベーシックアイテムみたいな「外し」は前からありますね。


だから「Normcoreが流行ってるらしい」といっても、アイテム的にとかスタイリング的に何か目新しいものが出てくるわけじゃないのかもしれません。というかそういう「新しさ」の逆に行こうとしてるのがNormcoreなんですよね、多分。

ただ、プレーンでラクな服が大好きな私としては、この流れでその手の服の選択肢が増えるといいなと思ってます。「何の変哲もないスウェット」とかを探しても、探し始めるとなかなか見つからないことが多いので。あとできれば単にラクってだけじゃなくて、肌触りとか含めて着心地全般を意識してくれるといいなー。

それからもうひとつ、このNormcore的ながんばらないファッションの背景には、「ファッションって意味あるの?」っていう問いかけもある気がします。それって正解のある質問じゃないし、答えられても何かが変わるわけじゃないけど、だからこそいろんなデザイナーとかファッションに関わる人がどう思ってるのか聞いてみたいです。

I'll be! (←何に?)

英和辞書に載ってない英語

最近子供と自分の英語学習を兼ねてアニメの『Curious George』を英語(英語字幕付き…聞き取り不安だから)で見ているのですが、その中で目についたのが「I'll be!」という表現です。「何かになるの?どうにかなるの?」と突っ込みたくなります。

 

「be」は単体で「存在する」という意味があり、「God is.(神は存在する)」とかがよく辞書の例文にあります。でも「I'll be!」は「私は存在するでしょう!」とは解釈しにくい文脈で使われてます。

 

Curious George』の中ではたいてい、ジョージが何かすごいことをしたのを発見したときのセリフなので、何か「うわー」とか「すげー」みたいな言葉だろうと思って一応調べたら、大体「驚きを表す」ってことでいいみたいです。

 

Weblio辞書によると、「I'll be damned」の略らしいと書かれてます。でも「damned」も「呪われた・ばかばかしい・強意語としてくだけた表現で使用される虚辞」とか多義なのであまり考えこむと謎が深まりますが、ここでは一番最後の、あんまり意味のない意味、と思っておいてよさそうです。

ユニクロがJ.Crew買収ですと? 

ユニクロがJ.Crewの買収を検討してるらしいです。私は最近J.Crewがかなり気に入ってたので、ちょっと待った!という感じなのです。

 
J.Crewは今日本にリアル店舗を持ってないので、「なんかチノパンにVネックセーターみたいなあのブランド? まあ、ユニクロ系だよね」って思ってる人が多いと思います。違うんです!
 
J.Crewは今前とは大きく変わってて、昔みたいなシンプルでカジュアルな服だけじゃなく、あの手のマスブランドとしてはぐっと上質なものとか、良い意味での遊びのあるものをたくさん作ってるんです。
 
でも価格的には手頃なものからあるので、売れないわけがない感じです。売上は10年前の3倍以上にもなってるらしいです。
 
たとえば彼らがスペシャリテ的に掲げているカシミアのセーター、ふにゃふにゃじゃないちゃんとしたカシミアで、ベーシックなデザインからスウェット風とかボーイフレンドサイズみたいなカジュアルなデザインまでそろっていて、価格は150〜250ドル(1万5000〜2万5000円)程度が中心です。たとえばこんな。
 

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でも中には500ドルを超えるニットとか、コートとか重衣料系では2000ドル(20万円)を超えるものとか、やや高めのデザイナーズブランドにありがちな価格帯の商品もちょこちょこあります。「見せ」用アイテムであるとともに、中の人が着るために作ったのかな?と思うようなニッチなデザインのものもあります。
 

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でも全体的には、元々のシンプルさとかカジュアル感、親しみやすいパーソナリティがきちんと生かされてて、取ってつけたような変身じゃありません

J.Crewをそんな風に変えたのは、クリエイティブディレクター兼社長のジェナ・ライオンズ(写真下)だと言われてます。
 

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彼女は身長180cm以上のスラーっとした体型と独特の着こなしで、まるでスーパーモデルみたいです。ナード風黒縁メガネといろんなベクトルにミックス感あふれるスタイルが定番で、メディアへの露出も頻繁にしているので、J.Crewのアイコンみたいになってます。基本的に全部J.Crewの商品を着てると公言してて、いろんな意味で説得力があります。
 
ブランドを変えるデザイナー、というと、いろんなブランドを渡り歩くイメージがありますが、彼女は新卒でJ.Crewに入社して20年以上勤め続けてるそうです。だからこそ、ブランドの良いキャラクターを受け継いだ形での変革ができたんだろうなーと思います。
 
でもイマイチだった頃のJ.Crewでは、デザイナーとしてフラストレーションを感じることも多かったみたいです。それでも辞めたりしないで機会をうかがって会社を変えたのは本当にえらい! 私自身も前の仕事では「輝きを失ったブランドの再生」ってのをしたくて、でもできなくて…だったし、いろんな会社がそれをやろうとしてできないでいるので、 実際成し遂げた人ってほんとに尊敬します。J.Crew立て直しの詳しいことはこことかこことか、いろんなところで書かれてます。
 
そんな今なぜ身売り?と思っちゃうのですが、むしろ今だから、みたいです。元々J.Crewは上場してたのだけどプライベートなファンドからの資本を入れて非公開化してた経緯があって、そのファンドの人たちが「今のうちにおカネ引き揚げちゃお」って思ってるそうです。
 
そんなわけで身売りの他に、再上場も選択肢だそうな。上場したらしたで、変に拡大しなきゃいけない圧力がかかったり、「一見ムダ」なことを圧縮させられたりして、残念なことになりそうな気が。。
 
ユニクロファーストリテイリング)も、企業としてはえらいと思うんだけど、商品は別に好きじゃないんです…。あ、theoryも今はアメリカ本国含めてユニクロの子会社らしく、でも別にtheoryの商品がユニクロ化してるわけでもないし、そもそも日本企業が買収含めていろいろな手段で拡大するのは大変結構なのですが…。
 
J.Crew、これからどうなっちゃうのか、いつまで今みたいな服作りをしてくれるのか、ちょっと心配です。オンラインでは日本からも買えるので、見てみたい方はこちらへ。でも逆に、ジェナ・ライオンズがユニクロの経営に加わったりしたら…面白いことになるのかも?

「等身大」のレナ・ダナムがVOGUEでPhotoshopされててんやわんやした件

久しぶりにまともな記事更新します!

 

ちょっと前の話ですが、ドラマ『Girls』の作者で主人公も演じているレナ・ダナムが米国VOGUEの2014年最初(2月号)の表紙になったことがちょっと話題になりました。

レナ・ダナムはちょっとぽっちゃり体型でありながら『Girls』ではたびたび(裸が必要なさそうな場面でも)裸になっています。でもその潔さからかいやらしさがなく、ぽっちゃりといってもギリシャの女神像のような美しさもあり(言い過ぎ?)、いわゆる「女優」像に対するアンチテーゼとして、自然な美しさみたいなものを提示したいのかな?と思っていました。『GIRLS』も、ニューヨークのブルックリンを主な舞台にしつつ、「『SEX AND THE CITY』とは違う、等身大の女の子たち」のドラマとされてます。

ちなみに彼女の裸はこれ。(クリックするとモザイクなしの画像が出るので気をつけてください!)


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こんな彼女をあのVOGUEが表紙にしたってことは、ちょっと記念すべきことだったはずです。だってVOGUEは基本的に美の王道(よりももっと前衛ってことになってるかもしれないけど)だし。さらに「自然・不自然」の軸でいえばVOGUEはまさに「不自然」側の人たちで、たとえばレディー・ガガの表紙のときにも修正し過ぎってことがちょっと取り沙汰されたりしてました。

で、VOGUEはレナ・ダナムをナチュラルなまま載せたのかっていうと…そこはやっぱりVOGUEっていうか、雑誌だから当然なのか、写真によっては「これ誰?」みたいなことに…。特に表紙は、私は本当に言われるまでわかりませんでした。

 

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これに噛み付いたのがブログサイトのJezebel。ここはちょっと賢い目のゴシップサイトみたいなところなんだけど、いろんなメディアによる女性の写真修正に激しく反対の立場を取っているみたいです。なんで反対かって、そういう「嘘」の女性像によって、現実の女性が「自分もそうならなきゃ」と思い込んでダイエットしたり、自己嫌悪に陥ったりするから…って理屈らしいです。こういうのはアメリカっぽいフェミニズムですね~。

で、Jezebelが何をしたかって、サイト上で「1万ドル(≒100万円)あげるから、VOGUEの修正前の写真データ持ってる人、送って!」って呼びかけたんです。そしてすぐさまVOGUEの中の誰かがそれに応じてしまって、どの写真のどこがどう修正されたか赤裸々になってしまいました(全画像がここに)。

ただJezebelにとって(多分)誤算だったのは、当のレナ・ダナムがJezebelに対してむしろ冷ややかだったこと。まずSlateに対して「Photoshopしようとしまいと、いわゆるVOGUEのカバーガール的じゃない女性が載って悪く言われるなんて、よくわからないんです。」とコメント。Twitterでもピシャリと。

 

「バカバカしくてどうにかしようって気にもならない。もっと賢くエネルギー使おうよ。2014。」(←この「2014。」って何か良い。私も使いたい。2014。)

私個人的には、別にVOGUEしか雑誌がないわけじゃないんだし、ある素材をどう表現しようが、別メディアがとやかく言ったり、まして作りかけの状態(未修正写真)を暴いたりするのはどうなんだろうなって思いました。でも一方で、1ファンだったら、「レナちゃんがあんな風にされちゃった、ウワーン」って思う気持ちはわかる気がしました。

たとえていうと、

  • レナ・ダナムはオーガニック・カボチャか何かの生産者で、レストランも経営、そこでは「素材の味を活かした料理」をして出している。
  • ローカル新聞を発行するJezebelはそのレストランの常連客
  • VOGUEは超高級フレンチレストランだけど、レナ・カボチャの人気に目を付けて店で使ってみた。素敵なスープか何かに。
  • フレンチ化されたレナ・カボチャを見てJezebelはショック。「レナ・カボチャに余計な味付けしないで!」とローカル新聞に書きまくった
  • 生産者のレナ・ダナムとしては、普通に使われる分にはどう料理されてもいい、むしろ自分にからめてお客さんの悪口を言われる方が迷惑

…みたいな感じかなと。全体的にJezebelからヒステリックな印象を受けてしまったけど、これでアクセスが稼げたり、超リベラルっていうブランディングができたりしてれば彼女ら的にもいいのかも。レナ・ダナムのコメントのキレにも改めて賢いのね~と感心しました。

肉を焼いたあとのソースで

料理メモ
ソースの水溶性部分と油部分が分離しちゃったとき、牛乳をちょっと入れると、つながる。
(多分牛乳の味は多少入るので繊細にやりたいときは使えない。バター入れたソースなら同系統なので、大丈夫と思われる。
ちなみに私はオリーブオイルで肉を焼いて、バターと醤油、砂糖、ケチャップ、たまに赤ワインとかバルサミコという感じ)